丁寧な暮らしってなんだろう
年末に、今までもらった年賀状の整理をしていたら
ある一枚がふと目に留まった。
高校時代の友達からのもので
そこにはこんな言葉が書いてあった。
「わたしも、あにゆなちゃんみたいに丁寧な暮らしがしたい。」
当時は特に気にならなかったのに
なぜかこの時は、「丁寧な暮らしとは…?」
って、不思議に思った。
土鍋でご飯を炊く。
お湯は鉄瓶で沸かす。
普段の食事に加えて、アイスとかキムチとか、大好きでたくさん食べるものは手作りで。
ハーブや精油をよく使う。
多分こんな感じの生活が、世間的には「丁寧な暮らし」と言われる理由なんだと思う。
でも、当の本人は
「丁寧に暮らそう!!」
なんて思ってやっているわけじゃない。
単純に、心地いいと思ったものが残って
今のライフスタイルになっているだけ。
実感としては「丁寧な暮らし」というより、「アナログな暮らし」の方が近い。
でも
いわゆる「丁寧な暮らし」に憧れる人は、多いと思う。
書きながら思い出したけど、かつてのわたしもまさにそうだった。
溢れかえるものや情報にしんどくなって
でも、離れられなくて。
それでも、少しずつ
少しずつ積み重ねていって、今に辿り着いた。
これまでを振り返ってみて思うのは
「これを使って、こうやって過ごすのが丁寧な暮らし」
そんなふうに、定義づけはできないってこと。
それよりも大事なのは。
どれだけ自分の本音に耳を傾けて
それを暮らしに落とし込んでいるか。
それだけなんだと思う。
だから
コンビニご飯だって、オンラインゲームだって
本当に欲しているなら、それでいいと思う。
わたしも、お惣菜だって買うし
時にはYouTubeをつい見すぎて、時間を溶かすことだってある。
ただ
それを選んだ時に、違和感や疲れを感じたり
なんだかモヤモヤが残るなら
本音は、違うところにあるのかもしれない。
最近は、ものを丁寧に扱うことを心がけている。
お皿を置く時に、なるべく音をたてないように
ペンやスマホを机に置く時や、洗濯かごに洋服を入れる時、
投げるようにしていないかと意識する。
予想以上に、細かいところで、雑に扱っていると気づいた。
無意識の雑さ、この違和感をとっていくことが
今のわたしには丁寧な暮らしをすることだと思っている。
ものを雑に扱うと、自分に対しても雑になっているような気がする。
ものの値段は関係ない。
安いものでも丁寧に大切にすれば、それが自分のささやかな気持ちも大切にできる。
そう感じている。
目に映るものは全部自分自身を反映させたもの。
だとしたら、どんなに小さくて、他人が価値を感じないようなものだとしても
できる限り大切にしていきたい。

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