教室で起きている交わらない想いの正体


子供に勉強を教えていると、ふと不思議になることがある。
果たして自分はどうやって勉強していたんだろうって。

小学校から中学校までは、それなりに勉強ができる方で
親にわからないところを教わったりとか、塾に行ったこともない。
学校の授業で充分に理解できていたからだと思うんだけど
どうやって理解していたか、全く記憶にない。

うちの子も、塾には行っていないけど
テストでは7割以上の点数は取ってくるから
本人がよく頑張ってるのだと思う。

宿題がめんどくさいとか
教科担任の先生が怒るとこわくて嫌だとか
よくある嘆きは耳にするけれど
性格的になんでも前向きにがんばろうって思うことの方が多いから
一生懸命にやってるのがちゃんと結果にも出てるんだと思う。

でも、集団生活をしてると、中にはそうじゃない子もいるもので
学年が上になってくると、それがモヤモヤの原因にもなったりするみたい。

授業で、とあるテーマについてのまとめワークをしてた時
うちの子は自分のペースで進めたくてひとりでやっていた。
いつも一緒にいる友達は、何人かのグループでやっていたみたいなんだけど
途中で「ノート見せて。」って言われるのが、本当は嫌みたい。
でも、断ってもめるのが嫌だから、仕方なく見せる、みたいな。

グループになっている子達は、普段からあんまり勉強が得意じゃないみたいで
見せたところでやってないとか
見せてあげてもありがとうも言わないとか
モヤモヤポイントが地味に溜まっている様子。
極めつけには「教科書見れば載ってるのに。」ってとこらしい。

これ、すごいわかる。
仕事でも、ネットで調べればすぐに出るようなことを、何度も聞いてくる人に出くわしたりする。
わたしは大人だし、職場の人間関係もあるから、ほどほどに対応する。
でも同じように、「気持ちに折り合いをつけてほどほどに」って、子供には難しい。
もちろん、それをこれから学んでいく時期ではあるんだけど。

こんなことを考えながら、ふと気になった。

学力の差は価値観の差に直結するのかってこと。

わかる子からすれば
教科書を見ればわかる、それを自分の力でまとめる。
それが認められたら自分の能力を認められたと思えるし、達成感もある。
次も頑張ろう、ちゃんとやろうって思う。
その循環で、面倒くさい時もあれど、全体的には、自力でできる子になるし
前向きに取り組めるようになる。

じゃぁ、教科書から自分で見つけられない子は?

誰かと一緒にやるとなって、
同じくらいの学力の子で集まると、躓いた時の突破口って中々見つけられなそう。
一生懸命取り組みたい気持ちより、とにかく早く終わらせたいみたいな気持ちの方が勝ったりするかも。
そこで、ちょっと頼りになりそうな子に聞いてみる。
でも、結局わからない。
適当になったり、面倒くさいことはとにかく終わればいい、どうせ成績もよくないし。
こんな風に思うような後ろ向きな循環になってしまうかも。

うちの子はとくに、責任感とか正義感とかが人より強い方だし
前向きな気持ちを同じくらいのエネルギーで、友達とも共有したいんだと思う。

でも、実際はみんなそんなに頑張らないし、前向きじゃないことの方が多かったりする。

そのギャップできっとモヤモヤするんだろうな。
でも、うまく言葉にできない、ほどよい距離感もつかめない。

難しい年頃で、これからいろんな想いや体験をして
自分なりのふるまい方や捉え方を見つけていくしかないんだよね。

親としてできることは、正論を教えることでも、わたしの生き方を押し付けることでもなくて
この子が自分で立ち直ったり、時にはうまくかわしたりして、心地よい生き方を見つけられるように
とにかく、なんでも聞いてあげようと思う。
まずは否定せずに。安全基地でいること。

それと同時に、
どんな子も、少しでも前向きな循環になれるといいなと願っている。



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