記憶と記録、正しいのはどっち?
記憶は当てにならない
人は忘れてしまう生き物だから。
「あの時こうやって言ってくれて嬉しかったんだ。」
よくそう言われることがあったんだけど
わたしはそんなこといったかなってなることの方が多い。
覚えていないんだ。
逆に忘れることが良い方に働くこともある。
離婚前後の修羅場は、今冷静に思い返すと心身ともに危機だったなと思う。
当時は必至過ぎて気付かなかったけど。
離婚してから9年くらいたったけど、やっと気持ちが落ち着いてきたと感じる。
直後から数年は、思い出すだけでも、燃えて焦げ尽くすような怒りや憎しみがずっとあった。
今は、そんなこともあったね、とできごとを遠目に眺めるくらいの感覚。
過去の捉え方は、今自分がどんな状態かでだいぶ変わる。
懐かしい思い出が支えてくれることもある。
辛い思い出が苦味から、背中を押してくれる勇気になることもある。
一方で記録はどうだろう。
わたしはずっと記録は正しいものしか存在しないと思ってきた。
でも、最近は捻じ曲げられたり、作られたりしていることもたくさんあるとわかってきた。
そして、その行為自体を隠そうとすらしないことも度々ある。
背景にお金の存在がある時は特に。
そういう人たちは、今だけ、金だけ、自分だけなのだろうね。
結局は自分がなにを信じてどう生きるのか
ということがとても大切なんだなって思う。
記録の正しさが崩れてしまうと
なにを信じたらいいのかわからなくなる。
自分の感じたことを作っているのは、記憶が強く関係しているけど
それもとても曖昧なのに、信頼していいのかな。
どっちつかずで曖昧。
でも、その曖昧さこそが人間らしさだよね。
だから、できるだけ記憶を記録しておこう。
嬉しかったことも悲しかったことも
悩んだり選んだりしたことも。
そんな風に思った。
あなたが残したい記憶はなんですか。

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