両親を受け入れられない自分を赦す
父の介護問題が浮上してから
両親との関係についてずっと考えている。
20代に、生きづらさの原因は母との関係にあると気づいて
インナーチャイルドのケアや自己受容も、たくさん学んで実践してきた。
ここ2年くらいでずっと生きやすくなったし
なにより自分自身に愛情を注ぐことができるようになった。
とても生きやすくなった。
自己否定はほぼなくなったし、わたしと出会う人はなんてラッキーなんだろうってマインドで生きてるこの頃は
基本的にポジティブな姉や娘もびっくりするほど、超ポジティブに映るようだ。
そうして生きていたら
両親のことも、心から受け入れられる日が来ると思ってたんだよね。
でも、今回のことではっきりしたことがある。
それは、両親のことを親とは思えないということ。
ちょっと、いや、だいぶ面倒くさい他人としか思えない。
育ててくれたことには感謝はしている、頭では。
でも、今までを振り返った時に、あたたかくて安心できるような優しい感謝のエネルギーみたいなのって、1ミリも湧いてこない。
子供の時はあったであろう、会ったら安心できる、ほっとする、
そういうのがもうないんだと実感してしまった。
元々あったんだろうかって疑問に思うくらい。
だからこそ冷静に対処できているのかもしれないけれど。
わたしの両親は、コミュニケーションを取るのが苦手なのか、子供を放置気味な部分はあった。
ご飯とか洋服とか生活に必要なものは全部用意してくれた。
でも、関わりが少なかったために、家庭では情緒や心はちゃんと育たなかったと思う。
かけられた言葉で覚えているのは、否定的なものばかり。
褒められた記憶はない。
子供の時に会話が少なかったから、大人になってからも両親とどう話していいのか正直よくわからなかった。
そうしているうちに、彼らはずっと歳をとって、わたし達の声も届かないように厚い壁を築いてしまっているようだけど
それを壊す気力も義務もない。
子供の頃の記憶を辿ることはできる。
感謝すべき事実もある。
でも、目には見えないけど心と体で感じられるような愛情みたいなものは
どう頑張っても思い出せないし、今でも感じられない。
彼らも、自分達の親から受け取れなかったのかもしれない。
だからこそ、わたしが理解してあげよう、そんな風にも思っていた。
同時に、どこかで何かがずっと引っかかっていた。
自分に向き合うべきことが、まだたくさん残ってるんだと思っていた。
今回のことがあって、
そうじゃない、もう線を引いていいよ
なんとなく自分の中でそんな風に言ってるような気がしている。
両親を受け入れられない自分を赦そう。
家族は魂的な結びつきも強い。
それでも他者であり、現象の一部なんだと認識していいんだ。
とても冷たい人間のように感じられるけど
これは通過点で、きっとこの先にわかることがまだあるんだと思う。
.jpg)
コメント
コメントを投稿