ありがとうが欲しい12歳の夏休み


子供たちは夏休み
昼間は基本家にいる。
わたしは仕事。

食べたご飯のお皿とかお弁当箱は
夏休み中はいつも洗ってくれている。
洗い物が苦手なわたしには、とても助かること。

加えて昨日は、床の掃き掃除もしてくれたらしい。

「どおりで、床が埃ぽくなくなったと思った!」
ありがたい気持ちからそう口走ったものの
ありがとうって言いそびれてたみたい。

『ねぇ!ありがとうは!?』
と、すかさず言われちゃった。

「忘れちゃってた!ありがとう。」
て言ったら、とても満足気でかわいい。

お礼を要求するなんて…とは思わない。
むしろ、そうやって自分の気持ちを素直に伝えてくれるのが嬉しい。
わたしは自分の親にはとてもそんなこと言えなかったから。

親がこわかったからとかじゃない。
日々のコミュニケーションが極端に少なくて
どんな会話をしていたかも、そもそも覚えていない。

記憶にあるのは、ひとりでテレビを見ている母の後ろ姿。

放課後に遊んでほしくても
「ひとりで遊んで。」って言われて
お道具箱のおはじきを広げていた部屋。

小学校から帰ってから、
お夕飯までの時間が退屈で長すぎて
今当時の景色に色をつけるなら真っ黒。
絶望の色。

わからないことがあって聞いても
「辞書で調べて。」
それで終わり。

楽しくおしゃべりなんてしたことなかったな。
両親は、基本的に人の話を聞かなくて自分の主張ばかりだったから
子供ながらに、「この人達に話してもムダだな」と思って、いつしか諦めてしまったみたい。
それが、今となっては拗らせまくって大変なんだけど。

子育てをしてると、どうしても自分が子供だった時と比べてしまう。
今回みたいに、ささやかなことでも子供との信頼が積みあがっているのを感じられると、本当に嬉しい。

去年、子供が産まれてから初めて叔母に会った。
わたし達親子の様子を見て、叔母はこう言った。
「親子じゃないみたい。友達同士みたい。」

確かに、親子ぽくないとは度々言われる。
わたしが子供を子供扱いしないというか
年齢が違うだけで、同じ人として感情も考えもそれぞれあるってことを重要視してるからかもしれない。
あとは、わたしの気質に子供っぽさが残っているところもあるからかな。
(これは数秘術で知ったことだけど!)

子供の方がしっかりしてる時もあるし
わたしが間違えることもたくさんある。

大人というのはどうしても正解を与えたくなるけれど
それは子供のためにはならないよね。
わたし達ができるのは、ちょっとサポートしてあげることだけ。
あとは、楽しければなんでもいいよって気持ちでいる。

子供だって自分で納得できてることが一番大事。
理想の形でい続けることは難しいけれど、
誰かの親子像より、わたし達が心地よい家族の形を大切にしていきたい。


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