沁みついた両親の影=執着を手離す
明日日帰りで新潟へ行く。
ひとりで生活がままならなくなった父を迎えに行くために。
静岡にきて一緒に住むのは母だ。
これまでの過程は👇
介護問題でも崩壊しない家庭基盤が欲しかった
きっと、荒れると思う。
でも、わたし達の生活を守ることも大事。
両親を受け入れられない自分を赦そうと思ったけど
子育てをしていると、あらゆるところで彼らの影を感じる。
先週、娘の推しのライブに行ってきた。
わたしも元々音楽もライブも好き。
20代の時は一人でライブハウスとかフェスにも行っていたから
いつか子供と一緒にライブに行けたら嬉しいなって思ってたんだ。
地元に娘の好きなグループがくるならとチケットを取って参戦。
K-POPのガールズグループだけど、みんなかわいいしかっこいいし
ライブももちろん楽しくて、親子で大満足。
帰ってからも次の日も、曲も繰り返し聞いたり、あの衣装が好きだった、あの子の髪型がかわいかったとか
とにかく楽しい思い出話をずっとしていられるくらい。
娘が喜んでくれてよかった。
子供の喜ぶ顔がわたしにとっての幸せだし
共通の趣味を楽しめるのも嬉しい。
両親の影がちらつくのはこういう時。
わたしはしてもらえなかったことを、子供にちゃんとしてあげられているだろうか。
そんな風に、自分と両親を比較する。
わたしは彼らのようにはなりたくないし
子供たちにわたしのような想いをして欲しくない。
そんな気持ちが強いから。
でも、それはまだわたしがまだ彼らに拘っている証。
ふたりを受け入れられないことを赦すのであれば
そんな比較も本当は必要のないこと。
わたしは純粋に子どもたちに愛情を注ぎたいし
ちゃんと人同士の信頼関係を築きたい。
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