恋愛が人生のテーマだと思ったけど
離婚して9年くらい経つけど
新しいパートナーができるとか、誰かに告白されるとか
そういう話がいまだにない。
それっぽい気配を感じたら、なんとなく避けてきたからだと思うけど。
ひとりで子育てして仕事して
自分のやりたいこともあるしってなると
新しい人間関係のために割けるエネルギーってないんだよね。
経済的には大変なこともあるけど
今の生活が自由だし、子供たちとの時間が大事だから
それを崩したくない。
でも、時々恋愛について考えたりはする。
最近もちょっとそんな雰囲気で、こんな人とだったらうまくいくのかなとか
この田舎でシンデレラストーリーは起こるのかとか
ちょっと妄想的なことも含めて。
そんな時にSNSで見かけた言葉
「人は10代で満たされなかったものにこだわる。」
若干使ってる言葉は違うかもしれないけど、ニュアンスはこんな感じ。
めっちゃわかる!!
10代の時にけっこう傷つく失恋したし、
実は本命じゃなくて二番目の女だったなんてこともあったから
充実して満たされた恋愛経験って、ほぼなかった気がする。
20代後半には離婚してるしね。
恋愛とかパートナーシップが人生のテーマかぁ
なんて思ったんだけど
だからといって、欲していないの。
逆に、絶対欲しくないという拒絶があるわけでもない。
こんなぬるい人生のテーマあるかなって考えてたんだけど
別にどうでもいいことだった。
というより、何か悩みとか考え事とかが欲しいから
SNSで拾った言葉に自分を当てはめてただけなんだよね。
そういう経験ないかな。
きっと気づかないうちにやってる人が多いんじゃないかと思う。
なんとなく目に入ってきた言葉に自分を当てはめて
アイデンティティを見出したり
解決策があるように感じてのめり込んだり。
自分が知ってる情報の中でしか生きられないなら
どんな情報を取り入れるかってすごく大事だよね。
今はみんなSNSでそれっぽいことを言ってるけど
それって発してる人のものであって、見た人のものではないの。
ジャーナリストの堤未果さんが言っていた言葉がとても印象的だった。
「SNSでみんな自分の意図を奪われてる。」って。
他人の言葉やマーケティングに、自分を当てはめて生きるのは
ラクだけど、虚しさも残ったりどこかで満たされないことの方が多い気がする。
もちろん、それが助けになる時もあるよ。
ひとりじゃどうしようもない時は、誰かの手を借りることも必要。
でも、いつかは自分で立てるようにならないとね。
それは、強がりとか孤立とかそういうことじゃなくて
本来、人は孤独でひとりであるべきで、だからこそ寄りかかりあうんじゃなくて
手を取り合って生きていくもの。
でも、現代はみんな誰かに寄りかかりたくて
それを利用して、助けるフリをして、本当は自分だけがよければいい
みたいなんてこともとても多い。
なんだか、複雑な話になっちゃったけど
とにかく言いたいのは、SNSや周りの言葉に自分を合わせにいかないで
自分の声や意図を守って紡げるわたし達に戻りたいねってこと。
これからSNSの使い方も、自然と変わってくるのかもしれない。
そんな予兆を感じてる。

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